【論文紹介】エイブリーの研究(1944)

2章 遺伝子とその働き

今回は形質転換の原因物質を明らかにしたエイブリーの論文を見ていきましょう。

生物基礎の教科書より少し詳しい内容が知りたい方は,ぜひご一読ください。

では,行きましょう!

イントロ(先行研究と目的)

生物学者は,生物の形質を化学的方法によって変化させ,その変化が遺伝的な性質として子孫に伝達される試みを行ってきました。

最も顕著な例としては,グリフィスの肺炎球菌の研究です。

グリフィスは,ある特定のタイプから派生したR型菌(変異体)を,異なるタイプの莢膜をもつ完全なS型菌に変化させることに成功しました。

驚くべきことは,タイプⅡのR型菌に加熱殺菌したタイプⅢのS型菌を混ぜて,マウスに注射するとその内部からタイプⅢのS型菌が得られたことです。この現象を形質転換といい,形質転換は別の研究室の追試でも確認されました。

その後,別の研究においてマウスなしで,試験管内で形質転換で誘導することにも成功しています。

さらに,細胞残骸を除去したS型菌の無菌抽出物を用いて,試験管内で形質転換を引き起こすことにも成功しています。

この論文では,S型菌の粗生成物から形質転換活性をもつ因子を単離して,その化学的特性を明らかにすることを目的としました。

方法

用いたR型菌のタイプ

R型菌は,タイプⅡのS型菌を培養して得ました。

R型菌からS型菌への復帰は,特別な処理なしでも,培養しているとしばしば見られます。しかし,復帰したとしても元のタイプのS型菌にしか戻りません。

つまり,今回用いたR型菌はタイプⅢのS型菌に戻ることはあっても,自然に別のタイプ(たとえばタイプⅡ)のS型菌に変化することはありません。

よって,ここでの形質転換とは,あるタイプのR型菌が,別のタイプのS型菌に変化することを指します。

形質転換活性の測定法

形質転換活性を調べる物質は,アルコール処理やろ過,加熱といった一定の手順で処理しました。

その処理液の入ったチューブにR型菌を加え,培養しました。

このとき,培地中にはR型菌抗体が入っているので,R型菌が増殖すると,凝集して沈殿します。一方,莢膜をもつS型菌は抗体の影響を受けないので,増殖すると培地中に拡散します。よって,S型菌への変化が起こらなかった場合は上澄み液が透明で,S型菌が出現した場合は上澄み液が濁ります。

その後,実際に血液寒天培地にプレーティングして増殖した細菌の「タイプ」と「S型 or R型」を判定しました。

タイプⅡのS型菌よりタイプⅢのS型菌が形成するコロニーは大きく光沢のあるため容易に見分けることができます。

形質転換因子の抽出方法

粗生成物の作製

この研究ではタイプⅢのS型菌から形質転換因子を抽出しています。

S型菌を大量に培養し,冷却しながら遠心を行い,沈殿物を食塩水に懸濁しました。

形質転換因子を破壊する酵素を不活化するために65℃で30分間加熱しました。

熱殺菌されたS型菌から莢膜多糖とタンパク質,リボ核酸などを除去するために,生理食塩水で3回洗浄しました。

最後に界面活性剤であるデオキシコール酸ナトリウムを含む液で2~3回抽出を行いました。

生じた抽出液にエタノールを加えて形質転換因子を沈殿させました。

沈殿物は繊維状の塊を形成し,エタノールの表面に浮かびスパチュラで直接取り除くことができます。

抽出物中の余分なエタノールを除去し、再び生理食塩水に溶解しました。

得られた溶液は,粘性があり,乳白色で,やや曇っていました。

抽出液の精製

粗生成物からタンパク質を除くためにクロロホルムで処理しました。この手順を溶液が透明になるまで2~3回繰り返しました。

この処理のあと,3~4倍のアルコールで再び沈殿させました。

得られた沈殿物を大量の生理食塩水に溶解し,ここにタイプⅢの莢膜多糖を分解する酵素を添加しました。莢膜多糖が分解されたかどうかは抗体を用いて調べました。

酵素処理後,アルコール沈殿,生理食塩水への溶解を行い,酵素を除去するためにクロロホルム処理を何度か行いました。

得られた溶液にアルコールを加えて,繊維状の活性物質を得ました。

繊維状物質の収量は75Lの培養液から10~25mgでした。

形質転換物質の分析結果

化学的性質

タンパク質の検出

ビウレット反応,ミロン反応→陰性を示しました。

DNAの検出

ディッシェ反応→強い陽性を示しました。

RNAの検出

オルシノール反応→弱い陽性(動物由来のDNAに対する結果と同程度の反応)

成分の分析

4つの精製調製物について、窒素、リン、炭素、水素の含有量を分析しました。

窒素-リン比は1.58から1.75の範囲で、平均値は1.67です。

この値は、理論的なナトリウムデオキシリボヌクレオチド(テトラヌクレオチド)の構造に基づいて計算された値とほぼ一致します。

分解酵素による分析

タンパク質分解酵素の影響

抽出液にトリプシン,キモトリプシン処理を行った。

酵素処理後に形質転換活性の低下は見らえなかった。

RNA分解酵素の影響

抽出液にリボヌクレアーゼ処理を行った。

酵素処理後に形質転換活性の低下は見られなかった。

脂質分解酵素の影響

ホスファターゼ(リン脂質の分解),エステラーゼ(脂肪の分解)を含む液の処理では,形質転換活性の低下は見られませんでした。

DNA分解酵素の影響

デオキシリボヌクレアーゼを含む液で処理を行うと,形質転換因子が不活化することが分かりました。

まとめ

形質転換活性がデオキシリボヌクレアーゼを含む液によってのみ破壊されるという事実などから,活性因子がDNAである可能性を支持するものとなりました。

血清学的分析

精製物は,高濃度のタイプⅢ抗体にほとんど反応しなかった。

これは細胞成分が最終精製物からほぼ完全に除去されたことを示しています。

物理化学的分析

分析用遠心分離により,物質が均一で,分子の大きさが均一であることが示されました。

分子量は,およそ500000と推定された。

電気泳動では,核酸と同程度の比較的高い移動度をもつ単一のバンドが得られました。

紫外線吸収も核酸の特性を示していました。

考察

本研究以前には,肺炎球菌からDNAが分離されたことはなく,DNAという化学的に定義された物質を使って試験管内で特定の形質転換を実験的に誘導されたことはありませんでした。

本研究では「肺炎球菌のタイプⅢS型菌から高度に精製されたタンパク質を含まないDNA」が「タイプⅡR型菌にタイプⅢのもつ莢膜多糖を生成させる能力」を与えたことが特に興味深いことです。

特に注目すべきは,形質転換を誘発する物質(DNA)と生成される莢膜物質(多糖)が化学物質として異なるという事実です。

このことを説明する一つの仮説としては,形質転換因子(DNA)がR型菌に作用し,莢膜合成に至る一連の化学反応を引き起こしたことが考えられます。

肺炎球菌において,一度形質転換が起こると,新たに獲得された特性(形質)は連続的に子孫に伝えられるため,形質転換因子を追加する必要はありません。それどころか形質転換を起こした細胞からは,最初に添加された形質転換因子をはるかに超える量の形質転換因子を得ることができます。

形質転換を誘導する物質は遺伝子に類似しており,それに応答して生成される莢膜抗原は遺伝子産物と考えられています。

この研究の結果が確認されれば,核酸は生命現象に重要な物質と考えられます。

最後に(ブログ記事作成者より)

最後までお読みいただきありがとうございました。

論文を私が読み取り,内容を取捨選択し,できるだけ平易になるように文章を作成しました。

私は研究者ではない素人ですので読み違えがある可能性が高いです。高校生は教科書の範囲の理解にとどめ,教員や講師,それらを志望する学生さんなどでより正確な情報が欲しい方は必ず元論文を参照ください。

この記事が学習と教育に役立つことを願っています。

遺伝子の本体の発見史2(エイブリーの研究)【生物基礎43】

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